大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和42年(ヨ)2344号 判決

債権者

佐々木聡

代理人

田原俊雄

外一名

債務者

社会福祉法人のぞみの家

右代表者

モートン・ヒユー

代理人

鈴木稔

主文

1  本件仮処分申請を却下する。

2  訴訟費用は債権者の負担とする。

事実

第一  当事者双方の求める裁判

一  債権者

「1 債権者が債務者の児童指導員たる地位を有することを仮に定める。2 債務者は、債権者に対し、昭和四二年四月二六日以降毎月二〇日限り二五、一二〇円あてを支払え。3 訴訟費用は債務者の負担とする。」との判決。

〈以下略〉

理由

(前註)〈省略〉

一雇傭関係の存色の存否についての紛争の存在

本件手続において、債権者は債務者の児童指導員たる地位を有することを主張しているところ、債務者はこれを争つている。しかも、債務者が債権者を児童指導員として取り扱わないことは当事者間に争いがない。

二雇傭関係の成立

申請の理由(一)(編注、後出)は当事者間に争いがない。

三解雇の意思表示

債務者が債権者に対し解雇の意思表示をしたことは当事者間に争いがないところ、右事実と〈証拠〉とをあわせると、昭和四二年三月三一日、債務者は園長山崎重信(以下山崎園長という。)をとおして、債権者に対し、同日限り解雇する旨の意思表示を口頭でしたが、その後同年一日債権者より「他に仕事を見つけたいから有給休暇にしてほしい」旨電話で申入れがあつたので、四月五日まで年次有給休暇とし四月五日限りで解雇する旨先になした前記意思表示を変更したこと、同月八日債務者は山崎園長を通じ解雇予告手当として債権者の平均賃金一か月分に相当する二五、一二〇円を封筒に入れて債権者に提供したが、債権者が受けとらなかつたこと、同月二一日解雇予告手当として二五、一二〇円を東京法務局武蔵野出張所に供託したことがそれぞれ一応認められ、〈証拠判断省略〉。

四解雇の意思表示の効力

そうするれば、債務者の債権者に対する解雇の意思表示は、債権者の主張するような無効原因がない限り、債権者がその日からの賃金相当額の支払いを求めている昭和四二年四月二六日までにはおそくともその効力を生じたとみるべきであるから、右無効原因の有無について検討する。

(一)  不当労働行為について

1  債権者は、橋本京子保母ら債務者の保母と語らい合い組合結成準備活動をしていた旨主張する。

しかし、〈証拠〉をあわせること、債権者は債務者に就職して間もない頃から債務者の保母と連結し合つて債務者の運営の改善策等について語り合うことがあつたことは一応認められるが、組合結成準備活動を行なつたとまで認めるに足りる資料はない。

2  また、〈証拠〉をあわせると債権者は、昭和四二年二月ころ東児徒の機関紙である「児童福祉研究」に児童処遇の現状に関して執筆を依頼され執筆しようとしたこと、このことを知つた債務者の山崎園長は債務者の実状を外部に発表されることを快く思わず、債権者に執筆を思いとどまらせようと考え、それとなく債権者にその意思を伝えたことは一応認められるけれども、右東児徒は管理職をも含む社会福祉施設従業員の研究団体であり、労働組合でないことは債権者の自陳するところであり、右執筆依頼に応じようとしたことをもつて組合活動または組合結成準備活動と目することはできない。

3  〈証拠〉によれば、債権者は昭和四二年二月下旬、指導員、保母、書記、栄養士等社会事業施設の職員で組織されている労働組合たる日社職組に加入したことは一応認められる(時期を除き加入の事実は当事者間に争いがない。)が、前記本件解雇の意味が、前記本件解雇の意思表示までに右組合加入を債務者側が知つていたと認めるに足りる証拠はなく、かえつて〈証拠〉をあわせれば、債務者側が債権者の右組合加入を知つたのは昭和四二年四月に入り本件解雇をめぐり右組合と債務者との団体交渉がはじまつてからであることが一応認められる〈証拠判断省略〉から、右組合加入が本件解雇の原因であるとみることも困難である。債権者は、右組合加入以前から、組合結成ないし組合への個別的加盟等の下工作活動をしたと主張しているけれども、この主張事実を認めるに足りる証拠はない。

したがつて、本件解雇が不当労働行為を構成するから無効であるという債権者の主張を肯定することは困難である。

(二)  解雇権濫用について

1  債務者の設立目的等

事実欄六(二)1(一)の事実(編注後出)は当事者間に争いがない。

2  債務者の規模・組織

事実欄六(二)1(2)(編注後出)の事実も、(ⅱ)の職員の退職事由を除き当事者間に争いがない。

3  債務者における職員の業務の特殊性

〈証拠〉をあわせると、次の事実を一応認めることができる。

(1) 債務者の収容児童はすべて何らかの事情で両親と共に生活できない子で、二才の児童から一八才の高校生まで約五〇名いる。そして、これら家庭に恵まれない児童に対し家庭に代わるべき環境としての役割を果たすことが債務者に期待されており、債務者の職員はいわば、これら児童の保護者の立場で児童を指導育成しなければならない。

(2) 2に記したところから明らかなように、昭和四一年度の債務者の職員は、園長、書記各一名、指導員二名、保母六名、栄養士ないし調理士三名合計一三名であり、園長の指導監督の下に指導員、保母その他の職員が収容児童を個別的にあるいは集団的に指導育成する組織になつている。

保母は一人当たり八名ないし九名の児童の日常生活全般の指導を担当するのに対し、指導員は児童全員の学習指導を含む個別的、集団的指導を行なうこととされており、児童の側からみると、担当の保母と指導員との二重の指導を受けることになる。

したがつて、指導員と保母とは、互いに密接な連繁を保ち、児童の指導に当たる必要がある。

(3) 債務者運営の基本指針は、前記創立目的と定款記載の設立目的(1記載のとおり当事者間に争いがない。)とであるが、具体的問題についての園としての指導方針は、原則として週に一回開かれる職員会議(職員全員を構成員とする。)で討議の上決められ、指導員、保母等は右方針に従いチームワークを保ちながらそれぞれ専門知識を活用して児童の指導に当たるのが建前である。

以上の事実が一応認められれる。

4  債務者の主張する債権者の解雇事由―債務者の職員としての不適格性―の当否

(1) 債権者の経歴と債務者内での地位

〈証拠〉をあわせると、債権者は昭和四〇年三月日社会事業大学児童福祉学科を卒業し、その後約一年間、民間社会事業の概略を知るため全国社会協議会でいわゆるアルバイトをした後、昭和四一年四月債務者に児童指導員として採用されたこと(昭和四一年四月債務者に児童指導員として採用されたことは当事者間に争いがない。)、債権者はすでに結婚していたことでもあり、債務者の宿舎事情もあつて泊まりこみでなく自宅から通勤することになつたこと、債権者が勤務しはじめた当時、指導員の職務に従事する者としては、かたわら大学の夜間部に通学中で指導員としての正式の資格を有していなかつた大浦修がいるのみであり、債務者内では指導員の職務に従事する者の上席者としての役割を果たすことを期待される立場にあつたこと、そして昭和四二年二月一二日に同月一日付の主任指導員を命ずる旨の辞令を受けたこと(辞令を受けたことは当事者間に争いがない。)、その勤務時間は通常の場合は午前八時半から午前一二時までと午後二時半から午後八時まで、早出の場合は午前六時半から午前一二時までと午後三時から午後八時までの断続勤務であり、宿直の場合は午後一二時までとなつているが、実際は翌午前九時までの勤務となつていたことがそれぞれ一応認められる。

(2) 児童福祉施設の指導員の専門性とその職員として要求される配慮

(ⅰ) 児童福祉施設最低基準(昭和二三年厚生省令第六三号。以下単に「基準」という。)と〈証拠〉をあわせ考えると、債務者のような児童福祉施設の指導員の職務はいわば専門的性格を有するものであり(「基準」六八条ないし七〇条参照)、指導員は児童を指導するについて専門知識に基づく一定の幅の裁量を有することが一応認められる。

(ⅱ) しかしながら、指導員の職務が専門的性格を有するものであり、指導員は児童の指導に当たつて一定の幅の裁量を有するとはいつても、その指導内容が生活に関し、保母のそれと密接な連繁をもつ以上、指導員としては債務者の設立目的や職員会議できめられた指導方針に従い他の職員とチームワークを保ちながら児童の指導に当たらなければ、到底指導の成果をあげなえないことは見易い道理であり、指導員は右設立目的や議員会議できめられたところに牴触しないよう配慮し、牴触するような行動をすることは厳に避けなければならない。

(3) 債権者の問題行動

このような見地からみて問題となる行動が債権者にあつたかどうかを検討する。

(ⅰ) 〈証拠〉をあわせると、児童の自主性を涵養するため、児童が野球等の遊戯をした後は遊び道具のあと片付けを児童自身にさせるよう園の方針がきめられていたにも拘わらず、債権者にこの方針に反し児童があと片付けをやりたくないといえばやらせないというような指導の仕方で、再三にわたり職員会議で問題にされたに拘わらず改めなかつたことが一応認められる。

(ⅱ) 〈証拠〉をあわせると、債務者においては、職員会議できめられたところに従い週間予定表および日課表を定め、小学生を毎日一定時間特定の部屋に集めて予習、復習等の自習をさせる学習時間を設け、この間は集団的に学習態度を養うよう指導することになつていたにも拘わらず、債権者は一部の児童が学習と何ら関係のないテレビをみたり、漫画を読んだりすることをたびたび許可し、そのために学習に意欲のある他の児童の妨げとなり、山崎園長の注意を受けたのに、右の態度を改めなかつたことが一応認められる。

(ⅲ) 〈証拠〉をあわせると、職員会議の決定により児童にテレビを視聴させる場所、時間、番組がきめられているのに、債権者は、この定めに反し、私物のテレビをしばしば宿直室に持ちこんで夜おそくまでみせ、保母の抗議や山崎園長の注意を受けながら一向に改めなかつたことが一応認められる。

(ⅳ) 〈証拠〉をあわせると、債務者は、児童に関する情操教育の一環として、職員会の決定で、いわゆるボランテイアによる音楽指導を児童全員参加のもとに行なうこととしていたところ、昭和四一年一〇月一三日の右音楽指導の際、中学生の男子二、三名が練習すべき曲が幼稚であるとしてこれに快く参加せず、右音楽指導の時間中に入浴していたので、吉田、橋本の両保母がこれに対し参加するよう指導を行ない、その場にいた債権者に対しても協力を求めたが、債権者は議員会の決定した前記方針を無視して協力せずかえつて右の児童に対し「無理もないよ。あんな音楽なら出る気もしないのが当然だ。」と発言したことが一応認められる。

(ⅴ) 〈証拠〉をあわせると、債務者には「職員は児童の生命を軽視してはならない。」との職員会議できめられた内規があり、児童を交通事故から守るため小学校入学前の幼児の外出には付添いを要するという方針になつているのに、債権者は昭和四二年一月三日六才の幼児一名を交通頻繁な商店街から園までの道約五〇〇〇メートルをひとりで帰園させたことが一応認められ、〈証拠判断省略〉。

(ⅵ) 〈証拠〉をあわせると、債務者には「児童は職員の許可なく施設より外出してはならない。」旨の職員会議できめられた内規があり、映画等には職員の付添いがなくては行けないことが定められていたのに、昭和四二年一月四日、各自別々の映画の見物を熱望する中学生に対し、保母らが付添いの職員の人数の関係上これを一カか所にまとめるか又は翌日に延期するかを説得中、債権者は右中学生の前で保母達に対し「行きたければ子供なんか塀を乗り越えても行きますよ。」といい、また中学生に対し「吉祥寺の映画館に付添いなしで行つたらどうだ。」というなど無断で職員の付添いなしに児童が映画に行くことを是認する発言をして債務者の右方針を無視したのみならず、担当保母に無断で翌五日の公休日に中学生二名を映画見物に連れ出し、しかもこの二名自身においても担当保母等に外出を報告していないことを知つていながら、公休中とはいえその二名の児童の違反事実について何らの指導をしないばかりか、かえつて債務者に何らの連絡了解をとることもなくそのまま映画を見物していたので、園内で担当保母はじめ職員は二人の児童が行方不明になつたとして大騒ぎをしたことが一応認められる。

(ⅶ) 〈証拠〉をあわせると、昭和四二年一月一五日中学生の一児童が公道でバイクを無免許運転するという事件が起つたが、他の二階からこれを目撃した山崎園長の庭に居た債権者に対し大声で右児童を制止するよう指示したにも拘わらず、債権者はこの指示に使わず放任したことが一応認められる。

(ⅷ) 〈証拠〉をあわせると、昭和四二年二月はじめころ、債権者が中学三年の一児童を債権者のバイクに乗せて外出させる際、その日が土曜日であり、職員会議で決定された年間生活指導計画に基づく教会学校が午後四時から開かれる予定であつたので、それに間に合う時間に帰園させるように担当保母が債権者に依頼し、債権者もこれを了承したにも拘わらず、債権者は途中で児童を自宅に連れて行き時間に間に合うよう帰園させなかつたため、右児童は教会学校に出席することができないという結果を招いたことが一応認められる。

(ⅸ) 〈証拠〉をあわせると、債務者においては、かねてより園児の中からエレキギターを演奏したいという要望が出されていたが、園の所在地が住宅の密集している地域であつたため外部へ迷惑をかけることを考慮し、これを許可しない方針が定められていたこと、しかし、昭和四二年三月下旬卒業してゆく中学三年生の児童から別れの想い出として一度だけやらせてほしい旨の申し出があつたので、山崎園長は同月二五日の職員会議において全職員にその意見を求めた結果、全員児童の真情をくみこの場合に限りエレキギターの演奏を認めることにしたこと、この職員会議の席上債権者は「園ではエレキギターの演奏が認められていなかつたが、自分は認めてきた。今自分のやつてきたことが認められたのでこれに限らず、これからも自分は自分の方針でやつてゆく。」と発言したが、この発言は債権者の従前の行動とあいまつて他の職員にじ後も債権者は自分の意向や考え方にそわない園の方針や決定に従わない旨の意思を表明したものと受け取られ、園長は、ここにおいて、もはや債権者には職員会議できめられた園の方針決定に従い他の職員と協調して児童の指導に当たつてくれることを期待できず、債権者と雇傭関係を続けてゆくことは無理であると考えるに至つたことが一応認められる。〈証拠判断省略〉もつとも、〈証拠〉によれば、債権者も積極的にエレキギターの演奏をやらせた事実はなく、消極的に容認したにとどまつていたに過ぎないことが一応認められる。

(ⅹ) なお、〈証拠〉をあわせると毎週水曜日の午前中に行なわれる職員会議および毎朝行なわれる朝礼の席において、債権者はボールペン等で不自然な音をたてたり、腕組みをして上を向いたりあるいは横を向いたりして同僚に不快の念と反感を催させ、債権者の意見に対し反対意見を述べた吉田玲子に向つて会議終了直後威圧的に「あんたの教育方針をきかせてもらいます。」といやがらせの発言をするなど職員会議の雰囲気を重苦しいものにしたことが一応認められ、〈証拠判断省略〉。

(4) 右問題行動に対する評価

(3)の(ⅰ)ないし(ⅵ)、(ⅷ)ないし(ⅸ)各事実はすべて債権者が職員会議においてきめられた園の指導方針に反する行動をとつたことを示すものである。

そして、右の各事実と(3)の(ⅶ)および(ⅹ)の事実とをあわせ考えると、債権者と債務者とは児童の指導についての方針を異にし、債権者はなるべく児童の欲求をかなえてやり自由に生活させようとする傾向が強かつたのに対し、債務者はどちらかといえば児童の生活を厳格に規律しようとする傾向にあつたこと、しかも債権者は自己の方針を正しいと確信し、児童指導員という職務の専門的性格を重視するのあまり職員会議できめられた方針であつても必ずしもこれを尊重せずなるべく自己の方針で指導に当たろうとしたこと、そのため他の職員を困惑させその反感をかつたことが一応認められる。

しかしながら、児童の指導上債権者の方針と債務者の方針とのいずれが教育的見地からみて正しいかは別として、債務者のような児童福祉施設内における指導は、一旦その指導方針がきめられた以上、その方針のもと職員がチームワークを発揮して各自がそれぞれの職分において協力し合いながら指導に当たつてこそはじめて指導の成果を十二分にあげうることを期待できるのであつて、職員が各自ばらばらの方針と姿勢で指導に当たる場合は施設として指導の成果を十分あげることが期待できないばかりか、かえつて指導の効果が著しく減殺され、ときには害をなす虞れすらなしとしない。このことは一般の家庭において父母がばらばらの方針と姿勢とで未成年の子の生活指導に当たつた場合を考えればあまりにも明日である。従つて債権者が債務者と異なる指導方針を有し、その言動が他の職員に困惑や反感を与えていた事実と前記認定の債務者の規模、職員構成等をも考慮すれば、仮に前記認定のような債権者の諸行為が債権者の児童に対する愛情と指導上の熱意とに基づくものであり、かつ、前に述べたように指導員にはその職務の専門的性格に鑑み一定の幅の裁量を許されているにしても、児童福祉法等関係法令と設立目的とにより児童福祉施設としての機能を十分に果すべき責務を負つている債務者がもはや債権者との雇傭関係を継続してゆくことが困難であると考えたことは、これを是認できるところである。

なお付言すると、債務者が昭和四二年二月一一日債権者を主任指導員に任命したことは当事者間に争いがない。しかし、〈証拠〉、当事者間に争いのない別紙職員組織図および職員経歴表(退職事由を除く)によれば、債権者はすでに保母について、主任、副主任の制度を定めており、当時吉田玲子を主任保母に、橋本京子を副主任保母に任命したので、これとの均衝上指導員にも同様の制度を設けることとし、二名の指導員中大浦修が正規の資格をもつていなかつたため、債権者を主任指導員に任命することになつたこと、この任命は債権者が前記のように債務者の定めた方針に反した指導を従前行なつてきた事実を不問に付する趣旨ではなくむしろこれを機会に債権者の反省と努力とを要請する趣旨も含まれていたことが一応認められる。〈証拠判断省略〉従つて右任命の事実は右評価を左右しない。

(5) 解雇の意思表示までの経過

〈証拠〉をあわせると、右のようにエレキギター事件を契機として債権者と雇傭関係を続けてゆくことは無理であると考えるに至つた山崎園長は、なるべく円満に債権者に他の施設に移つて貰つた方がよいと考え、昭和四二年三月二七日アガベー授産所の小川所長に電話で、もし債権者が希望するなら債権者に対し採用のための面接をして貰えるかと問い合わせ、翌二八日主任保母の吉田玲子、副主任保母の橋本京子に意見を求めたところ、この際債務者にやめて貰わなければ園の秩序は保てないという強い意見であつたので、翌三月二九日山崎園長は、債権者に対して、「最近あなたに対する批判が高まりこのままではどうにもならない。あなたに転職の意思があるならばアガペー授産所に就職を斡旋する。」旨伝え、「チームワークがくずれる原因があなたにあるのだからこの職場はあなたに適さない。より適当な職場を探してあなたの能力を十分伸ばせるようにした方が、結局はあなたのためにも皆のためにもよい。」と述べ、さらに債権者の希望に従い、翌三〇日山崎園長、山崎書記、吉田、橋本両保母と債権者とが債権者の解雇について話し合つた後、本件解雇の意思表示がなされたことが一応認められる。

5  結論

そうであるとすれば、本件解雇の意思表示はまつたく理由もなく恣意的になされたというものではなく、債務者においてやむをえない措置としてなされたものとみることができるから、右解雇の意思表示を信義則違反とか解雇権の濫用とか認めることはいまだ困難である。したがつて、本件解雇の意思表示は無効とはいえない。

五むすび

以上の次第で、本件解雇の意思表示が無効であることを前提とする債権者の本件仮処分申請は、被保全権利についての疎明を欠くというほかなく、保証をもつて疎明に代えることも相当でないから却下することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(沖野威 小笠原昭夫 石井健吾)

〈編注〉(申請の理由(一))1 債務者は児童福祉法による養護施設として社会福祉事業法に基づき設立された社会福祉法人であり、職員一三名、収容児童定員五〇名の規模である。

2 債権者は、昭和四一年四月一日、債務者に児童指導員として雇用された者である。

(事実欄六(二)1(1)(2)の事実) (1)債務者の設立目的

債務者は、昭和二六年八月二四日、理事長であるモートン・ビューにより戦後の混血児の救済等、保護者のない子供、環境上保護を必要とする子供を預り将来立派な社会人として成長するよう、キリスト教主義により援助育成することを目的として創立されたものであり、児童福祉法の養護施設すなわち「乳児を除いて、保護者のない児童、虐待されている児童、その他環境上養護を要する児童を入所させてこれを養護することを目的とする施設」(同法四一条)として社会福祉事業法に基づき社会福祉法人の認可を得て、昭和二八年六月二七日法人設立の登記を経たものである。

そして債務者の養護の目的は「援助育成の措置を要する児童に対してその独立心を損なうことなく平常な社会人として生活することができるように援助育成すること(定款一条)にある。

(2)債務者の規模組織

(ⅰ)昭和四一年度の収容児童定員は五〇名であり、そのいずれも児童相談所の措置会議の議を経て入園する子供のみであつて、入園措置の原因は、棄児、失踪、生活困難、離婚、結核、母病気、精神分裂、拘留、浮浪、家庭監護不能、母子家庭等であり、退園事由はおおむね義務教育終了後の就職(高校進学の例も認められている。)および家庭復帰であつて、在園期間は平均二年半余である。昭和四一年一〇月末現在の在園児童構成は別紙(1)「在園児童構成表」記載のとおりである。

(ⅱ) 昭和四一年度の職員の構成は別紙(2)「職員組織図」記載のとおりであり、各職員に関する詳細は別紙(3)「職員経歴表」記載のとおりである。

別紙(1)、(2)、(3)省略

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例